東京地方裁判所 昭和59年(ワ)7791号 判決
一 本件商標及び本件表示の周知性
最初に不正競争防止法違反の主張について判断することとし、まず、本件商標(〔編註〕一四二六一五四号登録商標)及び本件表示の周知性の有無につき検討する。
成立に争いのない<証拠略>並びに弁論の全趣旨によると、以下の事実を認めることができる。
原告は、フランス共和国パリ市に本店を置く、靴、バツク、ベルト、衣類等のデザイン・企画及び販売を業とする会社である。原告は、昭和四八年ころから、訴外ジエー・シー・シー株式会社を通じて日本国内で本件商標及び本件表示の一方又は双方を附した原告の商品を継続的に販売しているほか、一部の商品については右訴外会社にライセンスを与えて日本国内で生産、販売させている。右訴外会社は、昭和六一年現在において、日本国内に一七の直営店と一二八の取引先(専門店、百貨店)を有し、同年の売上高は、原告からの直輸入品に限つても約金四五億円に上つている。なお、ベルトは年間約一万本が輸入されている。右訴外会社は、年間金五〇〇〇万円から金七〇〇〇万円程度の宣伝広告費を支出して、有名フアツシヨン雑誌に広告を掲載し、ホテルでフアツシヨンシヨーを開き、顧客にダイレクトメールを送るなどの宣伝広告活動を行つてきた。また、昭和四九年ころからは、フランスの訴外エルメス社、同デイオール社、同カルダン社、イタリアの訴外グツチ社など世界的に著名な会社と共に、かつ、これらの会社と並ぶ一流ブランドとして、原告及びその商品の紹介記事がしばしば女性向けの雑誌等に掲載された。これらの紹介記事の中で、本件商標や本件表示が頻繁に紹介されたが、ことに本件表示については、これを模様にしたバツグ等が紹介されることにより、訴外エルメス社の四輪馬車マークに対し、原告の二輪馬車マークとして知られるにいたつた。日本国内では、従前から原告や訴外エルメス社等の前記著名会社の偽ブランド商品が出回つていたが、これに関し、昭和五二年ころから昭和五七年ころまでの間、偽ブランドメーカーが摘発された旨の記事等が全国紙等にしばしば掲載され、これにともない、原告の商号及び本件表示が大きく新聞報道された。更に、本訴提起後の昭和六〇年にも原告製ベルト等の偽ブランドメーカーが摘発され、これに関して本件商標の掲載された記事が全国紙に載せられた。
以上の事実が認められる。右事実によると、本件商標及び本件表示は、遅くとも昭和五八年一一月一日以後現在まで原告の表示として、日本国内において取引者、需要者間に広く知られていると認められる。もつとも、被告は、「本件表示は、原告のものでなく、フランスの訴外エルメス社が権利を持つものとして周知性がある」旨主張するが、前掲各証拠によると、訴外エルメス社の商標は、静止した四輪馬車の前に御車が立つている図柄であるのに対し、本件表示は、御者を乗せて走つている二輪馬車の図柄であつて、両者は称呼、外観、観念のいずれにおいても類似しないこと、我国では、前記のとおり女性向け雑誌等の紹介記事には本件表示が原告の表示として紹介されていたことが認められ、右事実に照らすと、本件表示は前記エルメス社の表示ではなく、原告の表示として周知であつたことが明らかであり、前記被告の主張は採用できない。
二 被告の誤認混同行為
成立に争いのない<証拠略>によると、以下の事実を認めることができる。
フランス等の会社の有する工業所有権保護のため設立された団体であるユニオン・デ・フアブリカンに勤務する訴外関口元(以下「関口」という。)は、右団体に加盟している会社の有する商標権等が侵害されているかどうかを調査するため、東京都中央区日本橋横山町所在の被告店舗を数回にわたり訪れた。関口は、昭和五八年一〇月一七日ころ、被告店舗を初めて訪れたところ、同店舗にロベルタやシヤネルのベルトの偽物が陳列してあつたので、これらの商品を購入した。関口は、昭和五九年一月一〇日ころ、再度被告店舗を訪れたが、これは、被告がベルト専門店であつて、かつ、前回同店を訪れた際、有名ブランドのベルトの偽物を販売していたので、特に被告を調査する目的で訪れたものである。関口は、被告店舗内に原告製ベルトの偽物(被告ベルト)やエルメス、カルチエ、グツチ、ランバンなどのベルトの偽物が一銘柄につき少なくとも一〇本ないし二〇本陳列してあるのを目撃し、被告ベルト一本を含むこれらの偽ブランド商品を一銘柄につき一本ないし数本買い入れた。被告ベルトの購入価格は金二〇〇〇円であつた。関口の購入したベルトのうち、グツチ、シヤネル等の五本には、被告が自己の標章であると自認している「GOOD MAN」の標章が付されたラベルが貼られていた。原告は、関口から右調査結果を知らされ、被告に対し、原告代理人名の同年二月九日付け内容証明郵便をもつて、被告ベルトの販売中止等を請求した。その後関口は、同年春ころ被告店舗を訪れたが、その際には偽ブランド商品は陳列されていなかつた。本訴提起の直後である同年七月中旬ころ、被告代表者の妻である訴外秋山道子は、訴外岩本安商店からのベルトの納品書一枚を持参して原告代理人事務所を訪れ、本訴についての和解交渉をなした。右納品書は、昭和五八年一二月一五日付けであつて、「品名 35h吟フエザーリバートツプ、数量 二四本、単価 一五〇〇円」等の記載があつた。訴外秋山道子は、右和解交渉の際、原告代理人に対し、被告の帳簿を見せる旨約し、その日時を定めた。しかし、被告は、訴外岩本安商店から、帳簿を見せることに対し強硬な抗議を受けたとして、前記約定を破棄し、原告に帳簿を開示しなかつた。
以上の事実が認められる。右に認定した関口による被告ベルト購入の時期、購入価格及びその際の被告店舗における商品の陳列状況と、訴外岩本安商店からの納品書の日付け及びその記載内容とを対照すると、右納品書中の記載は被告ベルトの仕入れに関するものと推認するのが自然である。右の点と前記その余の認定事実とを合わせ考えると、被告は、昭和五八年一二月一五日ころ訴外岩本安商店から被告ベルトを一本当たり金一五〇〇円で二四本仕入れ、これをそのころから昭和五九年春ころまでの間に一本当たり金二〇〇〇円で全部販売したと認められる。証人秋山道子の証言及び被告代表者尋問の結果中には、「被告は、被告ベルトを販売したことはない」旨の右認定に反する供述部分があるけれども、右各供述は前掲各証拠に照らし措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
右に認定した被告による被告ベルト販売の事実に弁論の全趣旨(特に被告の防禦の態様)を総合すると、被告は今後とも被告ベルトを販売するおそれがあると認められる。
そこで、被告ベルトの販売により原告のベルトとの誤認混同のおそれがあるか否かについて検討する。
証人関口元の証言を参酌しながら本件商標及び本件表示と被告標章(一)、(二)とを対比すると、被告標章(一)と本件商標とは、後者が「CELINE」という構成であるのに対し、前者は「CELINE」の二文字目のEにアクサンテギユが附された「<省略>」という構成であつて、アクサンテギユの有無の点が異なつているけれども、それ以外には格別の違いが見出し難く、また、被告標章(二)と本件表示は、いずれも御者を乗せて走つている一頭立ての二輪馬車の図柄であつて、前者がベルトのバツクル用に作られていることを除けば殆ど同一であり、したがつて、被告標章(一)と本件商標とは外観、称呼において、被告標章(二)と本件表示とは、外観、称呼、観念においてそれぞれ類似することが認められる。そうすると、被告が被告ベルトを販売することにより原告の商品と誤認混同が生じることは明らかというべきである。
三 営業上の利益を害されるおそれ
前記第一項掲記の各証拠及び証人関口元の証言によれば、請求の原因記載8の事実を認めることができる。
してみると、原告の請求のうち、被告に対し、被告標章(一)、(二)を附したベルトの販売差止めを求める部分は、理由がある。しかし、本件全証拠によるも、被告が、被告ベルトを製造したこと又はこれを製造するおそれがあることはこれを認めるに足りない。したがつて、被告に対し、その販売にかかるベルトに被告標章(一)、(二)を附することの差止めを求める請求は理由がない。
四 故意又は過失
前記第一項ないし第三項で認定した各事実によると、被告には、被告ベルトの販売に関し、請求の原因9のとおりの過失があつたことが認められる。
五 損害
1 営業上の損害について
(一) 被告ベルトの販売本数、販売金額、仕入金額
被告が、昭和五八年一二月一五日ころ、訴外岩本安商店から被告ベルト二四本を一本当たり金一五〇〇円で仕入れ、そのころから昭和五九年春ころにかけて、右被告ベルトを一本当たり金二〇〇〇円ですべて販売したことは、前記第二項で認定したとおりである。しかし、被告が右以外に被告ベルトを販売したことは本件全証拠によるも認めることができない。
なお、原告は、「被告は、(前記)文書提出命令に基づき、昭和五八年一一月一日から昭和五九年七月一二日までの間の被告製品の売上伝票の提出を命ぜられているにもかかわらず、これを昭和五八年一一月から昭和五九年一月までの分しか提出しておらず、文書提出命令違反である。したがつて、民事訴訟法三一六条により被告ベルトの販売数、仕入価格、販売価格についての原告主張は真実と認められるべきである。」旨主張する。そして、売上伝票に関する文書提出命令の内容及びこれに対する被告の対応が原告主張のとおりであることは、訴訟上明らかである。しかし、前掲甲第一ないし第三号証、第一四号証及び証人関口元の証言によると、訴外関口が被告ベルトを購入した際の被告の売上伝票における被告ベルトの品名表示は「トツプ」であり、金額は一本当たり金二〇〇〇円であるところ、関口が被告ベルトと同時に購入したカルチエのベルトの偽物についても全く同じ品名、金額の表示がされていること、更に、関口が被告店舗で昭和五八年一〇月一七日に購入したロベルタのベルトの偽物についても右と同趣旨の表示が売上伝票になされていること、したがつて、売上伝票の記載自体からは、どれが被告ベルトを販売したものであるか確定し得ないことがそれぞれ認められる。
右事実に鑑みれば、仮に被告に売上伝票についての文書提出命令違反と評価される行為があつたとしても、これをもつて、直ちに被告ベルトの売上本数等に関する原告の主張が真実であるとみなすことは相当でないというべきである。
(二) 原告の受けた損害
原告は、主位的に、被告ベルトの販売により原告製ベルトの販売数が減少したことによる損害の賠償を求めているところ、本件全証拠によるも被告ベルトの販売によつて減少した原告製ベルトの販売数を確定するに足りない。したがつて、この点での原告主張は理由がない。
原告は、予備的に、被告ベルトの販売により被告が得た利益相当額を原告の受けた損害の額として主張している。ところで、不正競争防止法一条一項一号に該当する行為によつて受けた損害の額を算定するについては、商標法三八条一項の規定を類推し、不正競争行為をした者がその行為によつて得た利益の額(販売価額から仕入価額及び営業経費を控除した額)をもつて不正競争行為によつて利益を害された者の損害の額と推定するべきである。
そこでこれを本件についてみるに、本項1(一)で認定したとおり被告は、被告ベルトを一本金一五〇〇円で二四本仕入れ、これら全部を一本金二〇〇〇円で売却しており、成立に争いのない甲第六二号証によると、被告ベルトの販売に要する営業経費は多くとも売上高の七分六厘であると認められることからすると、被告ベルトの販売によつて被告の得た利益は、少なくとも、
(一本当たりの販売価格金二〇〇〇円-一本当たりの仕入価格金一五〇〇円)×販売数量二四本-一本当たりの販売価格金二〇〇〇円×販売数量二四本×営業経費率七分六厘=利益金八三五二円)
となる。したがつて、右利益金八三五二円が原告の受けた損害の額と推定される。そして、右推定を覆すに足りる主張、立証はない。
2 信用毀損による損害
第一項掲記の各証拠によると、原告は、昭和四八年ころ日本国内において、その商品の販売を開始して以来、販売する商品の品質維持に努め、販売店舗を百貨店等の一流店に限定し、宣伝広告活動を盛大に行う等の努力をした結果、遅くとも昭和五八年一一月一日以後は、エルメス社、デイオール社、カルダン社、グツチ社など世界的に著名な会社と並ぶ一流ブランドであるとの名声を得たことが認められる。また、被告は、第二項のとおり昭和五八年一二月一五日ころから昭和五九年春ころまでの間に、東京都中央区日本橋横山町所在の被告の店舗において、原告製ベルトに酷似した被告ベルトを販売したが、証人関口元、同福本雅彦の各証言によると、被告ベルトは、皮革が原告製のベルトに比べて劣悪であつたことが認められる。
以上の事実によると、原告が築いてきた一流ブランドとしての名声、原告商品に対する信頼が被告ベルトの販売により低下させられたことが明らかである。そして、これにより原告の被つた損害は、少なくとも、金三〇万円を下回らないと認められる。
3 弁護士費用相当の損害
証人福本雅彦の証言及び弁論の全趣旨を総合すると、原告は、被告の不正競争防止法違反の行為により本訴の提起を余儀なくされ、その遂行を原告代理人らに委任し、少なくとも金一〇〇万円の弁護士費用を支払う旨約したことが認められる。そして、本件が商標権侵害及び不正競争防止法違反の有無に関する事件であり、しかも、被告が原告主張のすべてを争つていること(この点は両当事者の主張から明らかである。)、原告がフランス共和国籍の法人であること(この点は記録上明らかである。)及び第三項までに認定したとおり本訴請求のうち差止め請求についてはその主たる部分が認容されることを考慮すると、右弁護士費用のうち金二〇万円が被告の前記行為と相当因果関係を有する損害であると認められる。
六 結論
よつて、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は、被告に対し、被告標章(一)、(二)を附したベルトを販売しないこと並びに損害賠償金五〇万八三五二円及びこれに対する被告の不正競争防止法違反行為後である昭和五九年八月五日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いをそれぞれ求める限度で理由があるから、右限度において認容する。